1989

『道』‘89 
いろんなポリシーをもった人達によって書かれたコースガイド。
Japanese Spa (松村氏)
日本中の温泉ガイド。東北が中心。

2001m信州の旅(柚木氏)
信州の(自転車で行ける)2000m強の峠・林道を全て制覇しようという主旨のもの。ちゃんと雁・雁坂・三伏などの山岳サイクリスト指向の峠も含まれている。

 


P31 理事について(広岡 卓二氏)

理事というと部内ではただお酒をのんでさわいでるだけと思われているとても悲しい役職である。しかし実は、年9回の近サ連の理事会と年3回の西サ連総会に出席し真面目に話し合いをしているのです。ただ部内での仕事が理事会、総会の報告をして、行事の参加をうながすぐらいしかないだけで部の外でいっしょうけんめいはたらいています。僕が直接見てきたのは江口さん、増田さん、川岡さんですけど、みなさん真剣にやっておられました。

初めて理事会に行った時、江口さんたちの真剣な顔がこわかったのを覚えていますし、川岡さんもよく発言してがんばっておられました。なのになぜ「ただお酒をのんでさわぐだけ」と思われないといけないのか、とても悲しいし腹立たしい気持ちでいっぱいです。

役員改選の時でも、1回生の間で話し合ったら理事補が1人になってしまった。理由は来年理事を決める時にこまるということらしい。確かにそうだけれど理事補が2人いても何とか折り合いを付けて理事を選べるとお申し(2人しだい)、現に今年は高橋が休部せず理事をやりたいと言っていたら僕は引こうと思ってました。2人でいろいろと考え、2人以外から理事を出そうかというはなしをしたこともありました。(これは はっきりいって無理なことで、やはり理事補から理事をだすべきです。)

話はもどりますけれど理事補1人になったというのはやはり理事というものを理解していない、ただの酒のみとしか思われてないような気がしてならない。12月の西サ連総会1回だけを見ても理事補1人ではあまりにもかわいそうな気がした。これから1年間理事補はかなり仕事があると思うけど檀上がんばってくれよ。

12月の西サ連総会にラリー会計として松村をつれて行った。彼は総会に出て「理事を見直した」と言ってくれた。理事としてはうれしいかぎりである。これからもこういう人が増えることを願っています。みなさん理事会に来てみてください。そうすれば少しでも理事というものをわかってもらえると思います。ぜひ来て下さい。ただお酒をのんでさわぎに行ってるだけではないということがよくわかると思います。 理事というものをわかってください これから1年かけて理事というものを理解させるのが僕の仕事だと思っていますので、檀上と2人でがんばりますから理事というものを何とか理解して下さい。お願いします。

理事:広岡


P63 山と峠と林道と(大場 義洋氏)

1 峠

1.1 峠の定義

これからの話をスムーズに行うためにまず、峠の定義を行う。通常、峠とは、

      1. 山の坂道をのぼりつめたところ。山の上り下り境目のところ。
      2. 物事の絶頂。最高潮。

という意味があるが(旺文社 国語辞典)、ここでは、

●峠とは、坂道を上りつめ、上り下りの境目を越えて、坂道を下りつめる過程でである。

ということにする。そして、1の意味での峠は「峠」と表すことにする。例えば、鞍掛峠を越えて、坂道を下りつめる過程のはなし」ということになる。

 

1.2 峠の雰囲気

峠ににはそれぞれ雰囲気がある。ここでは一般的な峠についてそれを表現してみたい。

まず、アプローチ。それほど大きくない川沿いに穏勾配の道が続く。この時は随分遠くの山と山の間にたぶんあそこが峠だろうと思われる凹型の部分が見えるはずである。そう、あそこまで上がらなければなあないのである。 しばらくゆるゆると上った後、上りのメインに入る。いつしか川幅は狭くなり、勾配は急になり、ペダルをこぐ脚にかなり抵抗を感じてくる。まわりはもう、うっそうと茂った森に囲まれ、先ほどまで見えていた峠はもう見えない。

このクラブによういる下りより上りが好きという変な人種は、「なかなかええ感じやン。」と感嘆の声を漏らすことだろう。この感じが私が言いたいところの峠の雰囲気のうちの1つで、実はこれを言葉で表してみたかったからこの章を書いたのであるが、表現力が足りない私には的確には表すことが出来ないようだ。唯、今までの文を自分の実体験にオーバーラップさせながら読んでみて、「ああ、あんな感じか!」と思う方がおられれば、私は嬉しい。今度一緒にツアーいかへんか?

さて、いよいよ上りつめてきて、もうあまり脚に力が入らなくなり、呼吸も乱れてくるようになったら、前方の視野を占める空の割合が大きくなって、明るくなってくる。そしてやっと、峠に着く。ここに峠が持つもうひとつの雰囲気がある。歴史が古く、かつ旧街道の峠だとひっそりしており、お地蔵さんなんかがちょこんと立っている。もうこれがあたりの草木と全く調和しており、難の違和感も感じさせないのが心憎いくらいである。また、展望が開けた峠には解放的な雰囲気があって、日常の嫌な事でこの時ばかりはきれいに忘れることができる。 実はまだ、峠からの下りの部分があるのだが、下りに雰囲気も何も合ったものではないと思うので、書く事がない。

● 峠には2つの雰囲気があるのである。

2 林道

2.1 林道とは

林道とは、山山の林産物を輸送するために設けられた道のことで、山を隔てた地域間の人の往来のために作られた峠道とは性格を異にする。 例えば、一般車の往来が少ないので、わざわざ道に舗装を施すということもないし、道の付け方も少し不自然で、変な林の中をぐねぐねと走っていたり、峠に着いたかと思えば、道はすぐには下っておらず、尾根線上を何kmかアップダウンを繰り返して走っていたりと、いろいろである。

 

2.2 スーパー林道

そして、地道が好きなサイクリストや、オフロードのバイク乗り達が、興味の対象とする事が多いのはスーパー林道と呼ばれるもので、どういうものかと言うと、林産業の用途のみならず、観光としての用途も考慮したもので、まず、通常の林道が延長20〜30kmであるのに対して、スーパー林道は30〜50km、もっと長いものは総延長70〜100kmにもなる。 そして距離が長い分、峠が数か所あり、ゆえに好展望の場所も随所にあり、もっとも展望が良い場所に大きい記念碑が立っていたりする。私も今よりずっと若かった頃は「スーパー」という言葉に憧れて、ツアーでよく行っていたものだ。

 

2.3 林道に求めるもの

では、林道一般について我々が求めているものは何だろう?

まず第一に、とにかくどこか1ケ所だけでもいいから、いや、1ケ所だけでいい。後々まで頭の中で再現できるようなその林道のもつ独特の風景があればいい。そして、必ず林道自体が風景の中にマッチして入っていることが必要である。

第二に路面の状態。道が全く締まってなかったりそろばん道路だったり、水溜まりばかりだったら、気分が悪くなってくるだろう。かといって全部舗装してあったら、第一条件に反してくるし、走ってて単調で面白くない。 この二つの条件を満たしていればよい林道といえるだろう。

皆さんもよい林道かじっくり見ながら走ったらきっと楽しく走れると思います。

 

3 山

3.1 峠から山へ

今までは自転車で峠に上ったついでに峠から山に登る、という感じだったが、いつしか山に登るために峠に上るというように感じるようになってきた。最近はどうせ山に登るのであれば、ツアーのついでではなく、山onlyで山小屋に何泊かして歩き回りたいと思っている。 しかし、私は山の経験が少ないので、山について一般論はできそうにもない。そこで、具体的にどういうところに強い印象を持っているかを自分が登ったり、見たり、本で読んで登りたいと思ったりした山について書いてみることにする。

ー中略ー

思うに山というのは、峠や林道以上に個性が強いものであり、登れば登るほど、惹き込まれるものなのでしょう。 そして、山には通俗を越えた全く違う世界があり、その世界への憧れと畏怖とが身体の奥深くにあるにちがいない。と私は思っている。

 


P81 The STANDARD TIME ーMy cycling Styleー(佐野 明宏氏)

大御所の先輩達によって形成されたC-style(Cycling Style)の話。以下は‘85夏合宿の記述。

私が自転車にまたがる時はたいていいつも上回生と一緒であった。ツアーなども他の連中が同回生らと行く一方で私は好んで上回生について走った。 上回生と走ってその方のポリシーとスタイルに学ぶ、この事が自らのスタイル形成へと移ってゆく。

去年の銀輪で江口君が古賀さんの事を書いているが、私のC-スタイル( cycling style)も古賀さんに基礎を作られ、後藤さんに育ててもらったと言える。残念ながら富園さんとは2人っきりで走る機会がなく多くを学べなかったが、まだ白紙状態であった1回生時にそのポリシーを植えつけて下さった古賀さん、2人っきりで中期ツアーに出て下さった後藤さんは私のサイクリングをほぼ決定づけてしまった。

ー中略ー

 …この日出発もAM9:00頃と遅く、更に道に迷ったこともあってほぼ休み無しのNON STOPでペダルをこぎ続けた。疲れただの苦しいだのと言う暇さえも無く、足の筋肉がピチプチプッツンと切れていくのを実感しながら走り続けた。常に足に負荷をかけてペダルをこぎ続ける感覚が、充実感となった。AM1:00ごろ、集合地に着いた我々だったが当の1回生私と江口君は非常に元気で満足していた。

上回生と異なり、大荷物を積まされ飯も無理やり食わされ、夜の後片付けも上回生がサクサク寝入った後で冷たすぎた涌き水で怖すぎた林道でやらされた我々1回生だったが、かけらの不満も持っていなかった。むしろ充実感として帰ってきているのが嬉しかった。1回生とはそんなものである。鍛えれば鍛えるほど強くなってゆく。

一回の時はまず全てを受け入れることである。その中で学び感じていくことになる。後々になって、魚のカンヅメが食えないだのナイトランはイヤだのピーピー言う下回生が増えたのを感じている私だが、はっきり言ってそんなことを言わせる上回生に問題があると私は思う。

ところでこの合宿で学んだ最大のサイクリングstyleは何と言っても 【日ノ出とともに走り出し、日ノ入りとともに走り終える。】 ということである。 サイクリングはやはり日中であってこそ最大パワーを発揮する。特にツアーなど長期に渡るサイクリング生活においては疲労がやばい。ナイトランはその疲労度が日中の3倍に当たり、やはり避けるべきである。 問題は“朝”である。 日没とともにテンパる(テントを張る)つもりなら、やはり朝早くから走り出さねばいかん。つぼっていても、日があるうちはなんとでもなる。やはり午前中にどれだけ走れるかがポイントだ。そのためには 【朝はAM3:00起き、AM6:00にはすでに走っていよ】 が鉄則だね。

これはJokeではない。朝の走りがその日の走りといってもいいのだ。夏ならAM6:00はもう明るい。 明るいならすでに走っていてあたりまえ、そのためにはAM3:00には起きねばなるまい。 私は充分なる睡眠をすすめたい。 特にツアーではそうだ。決して皆にナイトランをすすめるものではない。 ところが・・・・・ サイクリングとは妙なスポーツである。 自然がフィールドであるゆえに常に危険がつきまとう。しかし極度の疲労は高度の充実感となる。ナイトランのブリ走りや高upの自虐的走りは妙に後々充実的満足感になる。極限状態においての班員の心身共の一致団結は大変すがすがしい。それゆえ私自身、特に合宿においてはややHARDさを好んでしまう。あれは自らが一、二回生だった頃、上回生の御指導のもと与えられしHARD合宿が、今思うにとても勉強になっているとともにサイクリングの素晴らしさをそこに見出す事ができるからである。決して下回生イジメではない。自分が感じたあの満足感を皆にも持ってほしいと思うからである。

ここで誤解は困るが、だからわざとナイトランをし、危険なところへと侵入すると言ってるのではない。安全や時刻の制約に完全に支配されたくはないということだ。ここは大変難しく、安全や団体行動としての時間厳守は乱されるとクラブとしての存在が成りたたなくなるが、これらのみを最優先するならサイクリングの存在の方があやしくなる。登山もそうだが危険を侵すところにその存在がいや魅力がかくされているように思うのである。


P206 僕の理想のサイクリング(坂本 信夫氏)

僕の中のサイクリング 多くの人々は、サイクリングに行くというと、「ビシバシのツアーだったぜ!」とか、「いっぱい観光したぜ!」など自慢げに言う。 確かにビシバシ走れば充実感はあるし、観光をたくさんすれば楽しいかもしれない。 多くの人たちは、ツアーに行く前に、綿密な計画を立てる。綿密な計画を企てれば確かに充実しそうだ。

でも、計画なんか何も企てずに、観光を目的になんかしないで、ただ、足の向くまま気の向くまま、そう、まさに朝起きて棒を投げて、棒が指す方へ行くというような旅をしたい。僕がそんなことを言うと、「それもいいな」という人もいる。でも、する気もないようだ。

僕がそんな考えをもつようになったのは、、中学3年の頃だった。当時僕は塾に通っていて、そこの先生がある時、次のような話をした。 「先生は、大学時代、夏休みとか長い休みになるとリュック一つ背負ってフラッと旅に出るんだ。そして気の向く方向へ歩いていき、農家などでお婆さんなどと話をして土間などに泊めてもらったりした。」 そんな話を聞いた時、なんかいいなーとおもった。 高校の時、はとこ(?いとこ?)と2人で日帰りサイクリングにいった。その時はまま綿密な計画も企てたし、まあまあ楽しかった。その時自転車っていいなあと再認識した。 大学入ったらサイクリング部に入ろうと思っていた。ずっと前からそう思っていた。

いざ入ってみるととってもハードで自分のしたいサイクリングなど考える暇はなかった。でも、最近自転車にあんまり乗らなくなり、体力の衰えを感じるに従って、中学の時の塾の先生が言っていたような旅をしたいと強く思うようになった。 何か月も前からツアーに行くぞって意気込むのではなくて、ほんとにちょっと近くの本屋に行くような感じで出かけるツアーに出たい。気の向いた方に走り、気が向かなければ走らなければいい。別に行く先行く先で観光なんかしなくたっていい。「せっかくきたんだから、ついでに」なんて思わない。どうしても観たければ観ればいいし、観たくなければ観なくてもいいと思う。 こんなツアーに出てみたい。こんなツアーが僕の理想のサイクリングだ。